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【2005-07-20】無断リンク禁止言及記事についてのツッコミ
多少遅れましたが、W3Cのリンクに関するポリシーに賛同する者として、下記の記事について自分の意見…というかツッコミを表明。散発的なツッコミのみでまとめや総括はなし。
(既にコメント欄やトラックバックでさんざ批判されているので不必要かもしれないけど)

(なお、以下の引用文中、HTMLのソースにおいて<b>で囲まれた部分については、強調なのかそれとも他の目的なのか意図がわからないので、タグ付けを省略させていただいた。……こんなことをわざわざ書くのもモヒカン族的)

[情報社会論]「リンクは絶対に自由だ」のもとで迫害される人々に対するツッコミ



*誤字脱字等の指摘を含めたツッコみ


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さて、そうは行っても、「無断リンク禁止」なる身勝手な主張はしばしば見受けられる。ジャンルとして多いのは、メンタルヘルス系の個人ページと、いわゆる同人系のイラストサイトなどが多いようだ。前者は「安全な語りの場を侵害されたくない」、後者は「イラストが勝手に使われると困る」というあたりが理由だろうか。

しかし、インターネットは特定の当事者達だけのためにあるわけではない。みんなが素通りする広場で独演会をやっておいて、それを見るな、それについて語りもするなというのは、はっきり言って言論の自由の侵害である。
rahiemの宗教社会学blog - メンタルヘルス系サイトに「無断リンク禁止」が多い件について

(中略)
しかし多分この様な意見は今のインターネット界においては「まさにインターネットの自由を守るものだ!」として礼賛するでしょう。このような乱暴な主張を行う人々を近頃はモヒカン族と呼ぶらしいのですが、はっきり言って彼らに逆らえる勢力など今のネット界には居ないでしょう。それ程までにこの様な意見はインターネット上で支配権を持っている。
[情報社会論]「リンクは絶対に自由だ」のもとで迫害される人々 (強調、引用者)

「礼賛する」(強調部分)は「礼賛される」の間違いでしょうか。……という意地悪な指摘はともかく、「rahiemの宗教社会学blog」の当該記事の意見(rir6さんが批判している意見)は「“今のインターネット界”において礼賛され」、「この様な意見(リンクは絶対に自由であるという意見のこと)はインターネット上で支配権を持ってい」るかというと必ずしもそうではないのではないかと。
何故かというと、「無断リンク禁止」あるいはそれと類似したリンクポリシーを自分のサイト上で挙げていたり、また同人系のネットマナーサイト(例:毒吐きネットマナー)等でそのようなポリシーを他者にも守るよう勧めているサイトも現に多数存在しているからです。本当に「リンクは絶対に自由であるという意見」が“支配権”を持っているのであれば、現状のWWWにおいて「無断リンク禁止」を掲げるサイトがなぜ存在しているかがよく解りません。
「支配権を持っている」という主張の根拠をできれば具体的ソースを示していただきたいのですが……。

2



そしてその支配のもとで今日も↑のような「人に晒されものにされたくない」という切実な願いが握りつぶされるのです。
[情報社会論]「リンクは絶対に自由だ」のもとで迫害される人々


このBLOGでは次の様な論理を持って自らの行為(メンタルヘルス系の個人ページを晒し者にするということ)を法律的に正当化します
[情報社会論]「リンクは絶対に自由だ」のもとで迫害される人々

文末に「。」がないのは日本語の文として……という指摘はともかく(←しつこい)、僕が最も気になったのは「人に晒されものにされたくない」、「メンタルヘルス系の個人ページを晒し者にする」という表現です。
個人ページであろうと そうでなかろうと、Web上に公開されているページ等は(よほど特殊な事情がない限り)その著作者が自分の意思でアップロードして公開しているものであり、そのページ等に対して他者がリンク・言及することが「晒し者にする」というのは違うのではないのでしょうか。
(これが、メンタルヘルス系の人が自宅で他の誰にも見せずに書いていたプライベートの日記等のものを何らかの手段で入手して勝手にWeb上にアップするというならまだ理解できるのですが、WWWのシステム上に公開されているページにリンク等を行うことが“晒し者”というのはおいどんには理解不能です)
公開している以上、他者に参照・言及されるのは承知しなければならず、それが嫌なら(エスパー魔美の父親みたいですが)チラシの裏にでも書いて他者に公開しないことです。

3



学問の自由というものはその学問によって救われる人が居るからこそ倫理的にも尊重されるべきなんであって、人を傷つける様な学問にをただそれが学問だからという理由だけで尊重しろ何ていうのは全くの全くの本末転倒です。ましてや、人が苦しむことが分かっていながら「それが世の中だ」なんていう理由*1で、その人の苦しみを無視して良いなんて考える人には、そもそも学問をやる資格は無いと言っても過言ではありません。
[情報社会論]「リンクは絶対に自由だ」のもとで迫害される人々

「学問にを」というのは「学問を」の(←しつこい)……ともかく、「学問によって救われる人が居るからこそ」というのは失礼ながら学問に対してナイーブ(繊細な、という意味(誤用)ではないので注意)ではないかと。
たとえば19世紀後半あたりから流行した「優生学」「民族衛生学」(*1)などを見ても解るとおり、学問によって他者(特に障害者等の社会的弱者)の権利・自由等が侵害された例はいくつもあります。
また、人間相手の話とは違いますが、細菌学者が細菌を使った殺菌実験を行っているときに、殺されている細菌に同情などしていたら実験も研究もできやしません。
医学等の動物実験で殺されるマウスやモルモット等もいますが、これらの動物の「苦しみを無視」できないからやめろ、というのでは医学の進歩もありません。
また、たとえ話ですが、日本のマクロ的な経済発展を第一に考えているある経済学者が、「ニートやひきこもりはそのままだと日本経済の発展に寄与しないので強制的に労働に従事させろ」という主張をすることもありうることです。ニート等、働くことが困難な人などにとってはこのような主張は「傷つく」ことや「苦しむ」原因になるかもしれませんが、その経済学者にとっては日本全体の経済発展のためにはニート等の感情などはどうでもいいわけであって、全体のために少数の苦しみを無視しているわけですが、マクロ経済学的な考えからすれば理にかなっているわけです。
学問というのはある意味非常に冷徹なものなのではないでしょうか。
あと、「全くの全くの本末転倒です」というのは西川のりおのギャグ「とてもとても○○です」の真似?(笑
(*1)もっともこれらは学問というより思想といった方がいいかもしれませんが。

対話が大事 ←それはひょっとしてギャグで言ってるのか


前掲の記事とは別の記事 [情報社会論]お話にならない方の批判にお答えにおいて、rir6さんはこのように言っています。

しかし何故か「『無断リンク禁止』は絶対的に無視して良い」と叫ぶ人々はそれを拒否します。ここで重要なのは、彼らが拒否しているものが対話だということです。つまり、対話を拒否しているのは「『無断リンク禁止』は絶対的に無視して良い」と叫ぶ人々なのです。ここの所を勘違いしている人が余りに多かったのがとても残念です。
[情報社会論]お話にならない方の批判にお答え


(略)その意味で、僕はむしろ「無断リンク禁止」という言葉には対話を促進させ、人々を幸せにする力があると考えます。
[情報社会論]お話にならない方の批判にお答え


僕の意見を指して「ムラ社会的」と言うひとが居ます。が、村社会においては対話はありません。もちろんだからといって自分のことを「モヒカン族的」だとは全く思いませんが、しかし僕は「モヒカン族」でもなく「ムラ社会」でもなく、「人間」として、異なる他者と対話しながらインターネットを利用したいと思います。確かにその道は「モヒカン族」や「ムラ社会」と比べて遙かに難しいかもしませんが、しかしそれこそが、僕にはもっとも真っ当な道に見えて仕方ないのです……
[情報社会論]お話にならない方の批判にお答え (強調、引用者)


これらの文脈から、ここではrir6さんは、インターネット上における(意見の?)異なる人間とのコミュニケーション等において、“対話”というものを重要視し、それを「真っ当な」ものと考えていると推測されます(これは当サイトの管理者=高橋の解釈)。
しかし、でしたら、「無断リンク」について意見の異なる他者であるrahiem氏に対して、rir6さんは(前掲記事を書く前に)「対話」を試みようとしたのでしょうか。
rahiem氏のサイトには掲示板もあり、メールアドレスも掲載されているので、前掲記事を書く前にメールを出すか掲示板に書き込むなどで「対話」することは容易でしょう。
しかし、おそらくrir6さんは「対話」とやらを試みようとはせず(もし違っている場合は訂正します)いきなりこの記事をアップしたのではないですか?「対話」が両者の間で事前にあれば、以下に示すような表現を使う必要もないはずです。
rir6さんのこの記事を見てみると、以下のような記述があります。


はっきり言います。この文章に対して無条件に賛同する様な人は僕はクソだと思います。

そしてはっきり言いましょう。「安全な語りの場を侵害されたくない」と考えるメンタルヘルス系の個人ページに対し、ただ研究の材料にするなんてしょうもない目的の為に許可も取らずに晒し者にするなんてことは、(略)

(略)その人の苦しみを無視して良いなんて考える人には、そもそも学問をやる資格は無いと言っても過言ではありません。

はっきり言って僕はこんな人が研究・教育職なんかやっているということに絶望しました。

[情報社会論]「リンクは絶対に自由だ」のもとで迫害される人々 (いずれも強調は引用者))

……これが「他者と対話をする時の態度」とは到底思えません。「対話」が重要だというのなら、まずご自身のこういう態度を改めるべきです。

([情報社会論]お話にならない方の批判にお答え についてもツッコミポイントが多数なのですが、別の機会にしまふ)
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by masaki_tm | 2005-07-20 05:24 | weblog・メタblog