【2004-09-13】全編直訳小説『変容風の吹くとき』を読む(1)

前置き-“トンデモ本の世界”シリーズ


 以前の記事で言及した 中島らも氏の『明るい悩み相談室』のほかにも自分にとってバイブルとも言うべき本は色々あるのですが、その内の一つに『トンデモ本の世界』シリーズがあります。
 10年ほど前に読んだ『トンデモ本の世界』、この中で紹介されているUFO本やら疑似科学本やらの無茶苦茶な内容と それに対する各執筆者氏らのツッコミが物凄く面白く、夢中になって読みまくったのを覚えています。
 以来、と学会の書籍(続刊の『トンデモ本の逆襲』等や関連の『トンデモ超常現象99の真相』等)、またメイン執筆者の山本弘氏の『トンデモノストラダムス本の世界』など、ほとんどの書籍を熱読してきており、また影響を受けています。
 今回紹介するのは、3年前に出版されたそのと学会著の書籍『トンデモ本の世界R』第8章にて紹介されている、トンデモ小説の類についてです。多少古い話ですがお付き合い下さい。
 (ちなみに最新刊『トンデモ本の世界S』等は最近の忙しさのためまだ未読)

『変容風の吹くとき』という小説


 前述『トンデモ本の世界R』第8章に紹介されているのは、故・大藪春彦氏著の『餓狼の弾痕』と ジャック=L=チョーカー著 野口幸夫訳『変容風の吹くとき』です(どちらも紹介は山本弘氏による)。
 この2冊の紹介とも内容・ツッコミともに死ぬほど笑いながら読ませていただいたのですが、『餓狼の弾痕』のほうはWeb上に紹介サイトがあるくらいに有名なようで、色々な人達によって言及されているので今回は特に触れません(いや、本当はツッコミたくてしょうがないのですが)。
 (『餓狼の弾痕』について未見の方は前述『トンデモ本の世界R』と、爆殺! 餓狼の弾痕データベースおよび餓狼の弾痕をご参照)
 今回紹介したいのは『変容風の吹くとき』の方です。どのような小説なのかは私から説明するより、前述『トンデモ本の世界R』の山本弘氏の解説の文章から引用させていただくことにします。なお、以下の引用文中の〔〕(ブラケット)内は補足等の為に高橋が追加したものです。


〔高橋註:『変容風の吹くとき』の〕ストーリーはというと、二人の女子高生サムとチャーリーが、現実を変えてしまう〈変容風〉によって異世界に飛ばされ、サムの能力をめぐる二大勢力の争いに巻きこまれるという、壮大なスケールの異世界ファンタジー……らしい。



「らしい」と言うのは、これが全八巻を予定していた〈チェンジウィンド・サーガ〉の一巻目にすぎないからだ。よほど不評だったのか、二巻目以降はついに翻訳されなかった。


(『トンデモ本の世界R』、と学会、2001年、290ページ)



 8巻目まで予定されていたのに1巻で終わったと言うのも凄いですね。(ジャンプの10週打ち切り作品じゃないんだから…)なぜこの小説が「よほど不評」だったのか、再び前掲書より引用。


なぜ不評だったかと言うと、訳がとても読めない代物だったからだ。実際、僕も途中で一度は投げ出した。最後まで読めた人間が日本中に何人いたか疑問である。



伝え聞くところによると、当時、訳者〔高橋註:野口幸夫氏〕はなぜか「翻訳は直訳でなくてはならぬ」という奇怪な信念にとりつかれていたという。その信念に基づき、この小説を全編、直訳してしまったのだ。


(『トンデモ本の世界R』、と学会、2001年、290ページ)



 直訳……そういえば思い出すのは、私の中学時代の英語の授業で、英語が苦手なクラスのA君が教科書文中の“fire engine”のことを「火を吹くエンジンが」と訳して、先生以下クラス全員の失笑を買ったことです。
 (fire engineとは「消防車」のことです)
 私は、実は英訳について(正確には英語の文章を日本語に“誤訳”した、あるいは直訳してヘンになった文章の面白さについて)興味がありまして、今回のこの『変容風の吹くとき』も、直訳ものということで興味をひかれたのです。
 では、どんな具合に直訳されたのでしょうか。『変容風の吹くとき』の訳され方の特徴についてご理解いただくために、再度山本氏の解説の文章を引用。(この文章は『変容風の吹くとき』の訳され方について非常に適切に記されていますので、勝手ながら今回何度か引用させていただきます)


長い構文などもいくつかの文章に分けることをせず、強引に一つの文章にしてしまったし、英語独特の言い回しなども、あえて日本語に置き換えることなく、そのまま訳してある。Thunderstormを「雷雨」ではなくわざわざ「雷嵐」という聞き慣れない言葉に訳す徹底ぶり。



なるべく原文の語順に合わせようとした結果、台詞の大半が倒置法。「でも何を、あなたは期待するの、わたしたちがするよう?」とか「わたしの記憶にゃ雷嵐なんてありゃしないわよ、こないだの木曜」てな調子だ。


(『トンデモ本の世界R』、と学会、2001年、290~291ページ)



 この台詞だけで もうぶっ飛びものですが、続いて紹介された『変容風の吹くとき』中の台詞が、それに輪をかけて凄いモンです。


「(前略)おまわりさんたちはどうやら、あなたに見切りをつけたようだけど、うちの衆はまだ、ほんと、わたしについては妄想的なのよね、あなたが失踪して以来。ほとんど第三次大戦だったわよ、お手洗いへ行くだけでも、一人となると、あなたについて昨日つきとめてからというものは」
「そお?で、何とそのグループとしちゃ言うわけ、あなたったら姿を現しゃしないとき?」
チャーリーは笑った。「あら、必要なら取り繕ってくれるでしょ。彼らの考えじゃわたしゃこの週末に忍び出るのは新しくて秘密のボーイフレンドと過すためなの。おぼえてるでしょ、わたしの学校での評判。わたしって経験の女なのよ、おぼえてるでしょ。うちの衆には電話入れたげましょ、あとで、今夜ね、そしてまた明日の朝も嘘ついて、それでわたしに月曜の夜まで得られるわけ、戻らなくてはならなくなるまでにね」


(『トンデモ本の世界R』、と学会、2001年、291ページ、『変容風の吹くとき』からの孫引き)



 (((; -_-))) わ・か・ら・んっっ!
 何なんですか「妄想的」って。「そのグループ」というのもいかにも直訳的で しかも「うちの衆」なのか「おまわりさん」なのかどれを指すのか不明です。「経験の女」というのもよくわかりません。最初これを読んだときのインパクトといったら壮絶でした。
 また、山本氏の解説によると、前述の特徴のほかにも

  • 発音するのも難しそうな、かなり無理のある台詞(「何ぁいけないの」等)、

  • 死語が頻繁に飛び出す

  • 訳者の創造した変な訳語も次々に出てくる


 というような特徴があるそうで、単に直訳されただけでなく訳者独自の翻訳ワールドが展開されているようです。

『変容風の吹くとき』入手!


 前述『トンデモ本の世界R』を読んで以来、私はこの『変容風の吹くとき』を、実際に自分で読んでみたくてたまらなくなりました。今まで『トンデモ~』で紹介されていた本を、自分で原文を確認するために入手して読んでみたいと思ったことはなかったのですが(マイナーな本が多くて入手が難しいということもあります)、これだけは是非どんな文なのか確認して(できればネタにして)みたい、と思ったのです。
 しかし、2001年以降 古本屋の通販サイトや、新古書店(いわゆるBOOKOFF等)を多数あさって、数年来 探し続けていたのですが、全然見つからない。『変容風の吹くとき』の出版が1990年で、もう増版されていないらしく通常の書店での入手も無理。それにしてもBOOKOFFとかで集中して探しても見つからないのは…(不評だったので市場にあまり流通してないのか?)ということで、半ばあきらめていたのです。
 ですが、ほんの数日前、ふと思い立って『変容風の吹くとき』で検索してみたところ、ある古本屋サイトの通販用ページで中古が1冊出品されていたのです。大急ぎで手続きし、入手に成功したのでした。(あまりにもあっさり入手できたので今までの苦労はなんだったのかと思った)
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 読んでみました。
 …想像を絶してました。いや、もう。
 以下、興味を抱かれた読者のため、『変容風の吹くとき』の、冒頭の部分(文庫本にして約1ページほどの分量)を引用。『トンデモ本の世界R』では引用されていない部分なので 既に当該記事を読んだ方でもご参考になるかと思います。
 なお、原文にはいたるところにふりがな・フリガナがありますが、ここでは省略しました。


どことなく、ほとんど別世界めいた趣きが、どでかいショッピング・モールにはつきまとう。プロムナード式の館内に入ると、暑さとか寒さ、夜や昼は背後に残されるわけで、入っていく先は未来派的ヴィジョンそのままのディズニーみたい版の未来世界、これすべて無菌消毒、絶縁されて、人工的、それでいて、どういう具合にか叶えられるわけ、おたくの基本的な現代的欲求すべて。これぞ集大成、合成される素材となるのは、古代の露店市場と、地域共同体の市場、飲み物中心の軽食堂、ドライヴ・イン、町の広場と、もっといろいろ。広大なインテリアには、濫費されたスペースあり、念入りな噴水あり、まがいものの滝あり、プラスチック製ベンチあり、そして、お手軽な缶録ミュージック、これが《一〇〇一ストリングス演奏ザ・ベスト・オブ・ローリング・ストーンズ》だったりするかもしれないけれど、どういう具合にか響きが似ているのは相も変らぬエレヴェータ・ミュージック、こういったモールにたむろする常連たちの両親や祖父母がそれぞれの盛んなりし日に耳にしたもの。ヤングのうち少なからぬ者、成人むけ酒場やクラブに入るのを許可されるには若すぎて、八時までに在宅するには年長すぎる向きには、そこは一大デート・バーでもある。


(『変容風の吹くとき』、ジャック=L=チョーカー著・野口幸夫訳、1990年、7~8ページ)



 …すいません、最初の1ページだけでもう投げ出したいんですが。
 ていうか「缶録ミュージック」(缶録には“かんろく”とふりがながあった)って何なんでしょうか。それに「ヤング」って…「若者」とかでいいのではないかと。すでに訳してないんじゃないかと。
 で、いま(この文体に耐えながら)読んでいるのですが、あまりにも凄すぎるこの『変容風の吹くとき』の訳文の特徴等について、今後 紹介していきたいと思います。
 (長くなりそうなのでこの項つづく)
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by masaki_tm | 2004-09-13 12:45 | 書籍(感想・批評など)
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